Miyuki et Burkina Faso
みゆきのブルキナファソでの生活を紹介します♪
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ブルキナを感じたいから。
ブルキナを感じたいから。
ブルキナは私に大きな刺激を与えてくれた大切な場所だから。
そこには、大好きなブルキナベや隊員のみんながいるから。
そこには、私の居場所があるから。
だから。
今日の深夜から、ブルキナ行って来ます!
9日に戻ります。
ブルキナは私に大きな刺激を与えてくれた大切な場所だから。
そこには、大好きなブルキナベや隊員のみんながいるから。
そこには、私の居場所があるから。
だから。
今日の深夜から、ブルキナ行って来ます!
9日に戻ります。
7月10日〜「教師」という職業
7月10日
いつものように仕事へゆく。幼稚園。夏休みまであと一週間。
プール、体操、アフリカンダンス(運動会に踊るねん)、マーチングなどなど汗だくの毎日。
マーチングは、カラーガード(旗)、キーボード、ドラムで構成されていて、子どもたちは自分の属するグループでいろんな友達や先生と取り組んでる。私の担当はカラーガード。子どもたちは、旗の動かし方を覚え、今は友達と一緒に「合わせること」、「気持ちを一つにすること」の難しさや楽しさを少しずつ感じながらがんばっているところ。練習の時間は、それぞれのグループごとに分かれて、各教室で指導を行っているから、なかなか他のグループでがんばる子どもの姿が見れないのが現実。
そして、この日は、今までのがんばりを見てもらったり、今後の課題を明確にしていくための「見合いこ」する日だった。子どもたちからは、「どきどき、がんばるぞオーラ」がめらめらと出ている。順番に、見せ合いこ。
うるうるうる
うるうるうる
目が
目が
うるうるうる
外で元気いっぱい遊ぶとき、うたを歌うとき、給食を食べるとき、けんかをするとき、仲直りをするときETC。みんな、その日、そのとき、その場、いろんな顔がある。
自分の今までのがんばりを見てもらうときの真剣な目。
「やったるぞ!」という熱意。
これは、「友達や先生が見てくれている」から湧いてくるパワー」だ。
子どもたちは入園してからもう4か月。子どもたち同士、私と子どもたちがつながる糸も4月当初に比べると、太く強くなった。だからこそ、普段とは一味違う真剣な子どもたちの姿に胸が熱くなる。
そんな子どもたちのパワーに感動し、「あぁ。こんな素敵な子どもたちとこうして色んな時間を共有できるなんて幸せやなぁ。教師って素敵な仕事や。」って。
きっと明日もまた色んなことが起こる。その中で、色んな発見があって、反省があって。だからこそ、子どもたちのことを知れる。もっと知りたい。忙しい日々の中では、なかなか心のゆとりがもてなかったりするけど、もっともっと子どもたちの声、心の言葉に耳を傾けれればなと思う。
そして、この日には、協力隊参加前の勤務地区での講演があった。私は、この地で教師一年目を迎えた。今でも色んなことを覚えている。ハプニングをね。そのたびに子どもたちや保護者の方に支えてもらい、前向きな気持ちにさせてもらった。「自分は先生になんて向いていない」と思って過ごした時期もあった。でも、この仕事の素晴らしさを感じさせてくれたのも、この地区の子どもたちや保護者、地域の方だった。温かいぬくもりをいっぱいもらって、そう感じることができた。そんな思い出の土地。
19時。今日の会場でもある小学校に到着。待ってくれていたのは教え子たち。もともと元気な私だけど、やっぱり子どもたちからもらうパワーは格別だ。もっと元気になってしまう。
会場には、遅い時間にもかかわらず幼稚園の子、小学生、中学生、高校生が来てくれていた。懐かしい顔、声。そして会えない間に成長した姿にまたうれしくなった。そして、保護者や地域の方。2年前と変わらずまたこうして私のことを温かく迎えてくれる。私の話の中で、みんながどんなことを感じてくれたのかは分からないけれど、またたくさんの方と一緒にブルキナ体験を共有することができた。いろんな意味で本当に貴重な時間だった。楽しかった。
どう表現すればいいんだろう。
「うれしい」?「感慨無量」?
いや、その言葉以上の何かを心の中に感じた。
日本に帰国してもうすぐ4カ月。ブルキナで過ごした時間を整理したり、また新しい発見をしたり、日々感じることがある。
子どもたちとの心の距離が近いと、より多くのことが伝えられる、感じさせることができる。
だって、子どもたちは親しみをもって耳を傾けてくれるもの。子どもたちといろんなことを感じていたい。そして、子どもたちがいろんなことを感じて心を耕すことができる場や機会を大切にしたいと思う。
子ども達との出会い。子ども達を介して出会う保護者や地域の方。子どもたち一人ひとりの成長のお手伝い。一緒に自分も成長させる機会をたくさん与えてくれる。「教師」っていい職業だ。

先週、東大寺にも小学校の修学旅行振りに行ったよ。
いつものように仕事へゆく。幼稚園。夏休みまであと一週間。プール、体操、アフリカンダンス(運動会に踊るねん)、マーチングなどなど汗だくの毎日。
マーチングは、カラーガード(旗)、キーボード、ドラムで構成されていて、子どもたちは自分の属するグループでいろんな友達や先生と取り組んでる。私の担当はカラーガード。子どもたちは、旗の動かし方を覚え、今は友達と一緒に「合わせること」、「気持ちを一つにすること」の難しさや楽しさを少しずつ感じながらがんばっているところ。練習の時間は、それぞれのグループごとに分かれて、各教室で指導を行っているから、なかなか他のグループでがんばる子どもの姿が見れないのが現実。
そして、この日は、今までのがんばりを見てもらったり、今後の課題を明確にしていくための「見合いこ」する日だった。子どもたちからは、「どきどき、がんばるぞオーラ」がめらめらと出ている。順番に、見せ合いこ。
うるうるうる
うるうるうる
目が
目が
うるうるうる

外で元気いっぱい遊ぶとき、うたを歌うとき、給食を食べるとき、けんかをするとき、仲直りをするときETC。みんな、その日、そのとき、その場、いろんな顔がある。
自分の今までのがんばりを見てもらうときの真剣な目。
「やったるぞ!」という熱意。
これは、「友達や先生が見てくれている」から湧いてくるパワー」だ。
子どもたちは入園してからもう4か月。子どもたち同士、私と子どもたちがつながる糸も4月当初に比べると、太く強くなった。だからこそ、普段とは一味違う真剣な子どもたちの姿に胸が熱くなる。
そんな子どもたちのパワーに感動し、「あぁ。こんな素敵な子どもたちとこうして色んな時間を共有できるなんて幸せやなぁ。教師って素敵な仕事や。」って。
きっと明日もまた色んなことが起こる。その中で、色んな発見があって、反省があって。だからこそ、子どもたちのことを知れる。もっと知りたい。忙しい日々の中では、なかなか心のゆとりがもてなかったりするけど、もっともっと子どもたちの声、心の言葉に耳を傾けれればなと思う。
そして、この日には、協力隊参加前の勤務地区での講演があった。私は、この地で教師一年目を迎えた。今でも色んなことを覚えている。ハプニングをね。そのたびに子どもたちや保護者の方に支えてもらい、前向きな気持ちにさせてもらった。「自分は先生になんて向いていない」と思って過ごした時期もあった。でも、この仕事の素晴らしさを感じさせてくれたのも、この地区の子どもたちや保護者、地域の方だった。温かいぬくもりをいっぱいもらって、そう感じることができた。そんな思い出の土地。19時。今日の会場でもある小学校に到着。待ってくれていたのは教え子たち。もともと元気な私だけど、やっぱり子どもたちからもらうパワーは格別だ。もっと元気になってしまう。
会場には、遅い時間にもかかわらず幼稚園の子、小学生、中学生、高校生が来てくれていた。懐かしい顔、声。そして会えない間に成長した姿にまたうれしくなった。そして、保護者や地域の方。2年前と変わらずまたこうして私のことを温かく迎えてくれる。私の話の中で、みんながどんなことを感じてくれたのかは分からないけれど、またたくさんの方と一緒にブルキナ体験を共有することができた。いろんな意味で本当に貴重な時間だった。楽しかった。
どう表現すればいいんだろう。
「うれしい」?「感慨無量」?
いや、その言葉以上の何かを心の中に感じた。
日本に帰国してもうすぐ4カ月。ブルキナで過ごした時間を整理したり、また新しい発見をしたり、日々感じることがある。
子どもたちとの心の距離が近いと、より多くのことが伝えられる、感じさせることができる。
だって、子どもたちは親しみをもって耳を傾けてくれるもの。子どもたちといろんなことを感じていたい。そして、子どもたちがいろんなことを感じて心を耕すことができる場や機会を大切にしたいと思う。
子ども達との出会い。子ども達を介して出会う保護者や地域の方。子どもたち一人ひとりの成長のお手伝い。一緒に自分も成長させる機会をたくさん与えてくれる。「教師」っていい職業だ。

先週、東大寺にも小学校の修学旅行振りに行ったよ。
大学でプレゼン 〜もうブログ書くつもりじゃなかったけど〜
みなさん、元気ですか?私は、すこぶる元気で日本のGWを楽しんどるで
そして、また日本での幼稚園勤務が始まり、また新たな気持ちで日本の子ども達と作り出すこの素敵な時間を心から楽しんどるよ。ブルキナの勤務時間では考えられないくらいの仕事っぷりだけど、でも、それが今は楽しい。日本にいてもブルキナにいても、ほんと自分の気持ち次第で、どうにでも楽しめるし、幸せだって感じれる。
久しぶり、ほんと久しぶりのブログ更新
本当はもうブログは書くつもりじゃなかった。だって、「もう帰ってきたし」って。「もうブルキナ生活終わったし」って。
でも、今日は書きたいことがある。自分の今の気持ちを知ってもらいたいから
昨日は、私が数年前に卒業した大学の合宿に「ブルキナプレゼンテーション」をしに岡山に行ってきたねん。
卒業以来に会った大学の先生たち。学生時代と変わらず、私を快く受け入れてくれた。学生時代の話、卒業後の話、現在の話に懐かしさを感じたり、お互いの生活に「へぇ〜」とうなずくことがあったり、ほんと大爆笑やった
先生と小話をした後、プレゼンの時間がやってきた。
プレゼンの内容はな、協力隊参加動機やらブルキナのこと、活動のこと、私の今の生活のこと、それから、私達日本の生活とブルキナの生活がどういうふうに結びついているやら、「一度きりの人生精一杯生きよう、豊かに生きよう」などなど。

プレゼン中

食事の仕方説明中

ブルキナ料理を作っていってな、このあとみんなも手で食べてくれました。「おいしい!」と言ってくれてうれしかった。
学生のみんなは私のあほな話に笑ってくれたり、まじめな話を一緒に聞いて考えてくれたり、すごくすごく楽しい充実した時間を過ごすことができた。めっちゃ楽しかった。幸せやったで。
プレゼンの準備をしたり、こうしてみんなの前でしゃべってる間も、感じてたこと。それは―
ブルキナのみんなや日本のみんなが私の背中にくっついてくれとる―
ってこと。
こうしてここ日本で色々な人たちに自分の経験を伝えて、シェアして。これぞ「私の使命だ」って思ったし。体験したことやからこそ、感じてることやからこそ、こんなに自分も楽しんで心からの言葉をしゃべることができた。 「ブルキナファソ」っていう国名なんて全く知らなかった日本のみんなに大すきなブルキナのことを伝えられて幸せ。
で、同時に、やっぱり私は「貴重な体験をしたんだな」「させてもらったんだな」ってさらに感じた。もちろん、きっとこの感情は、協力隊仲間や国際協力関係の仕事についている人たちの中では思っていても、どこまで実感できるかは分からないけどね。私は、アフリカに住むことなんて「普通だよ」「誰でもしようって思ったらできる」って思ってた。でも、電気がなかったら生活できない、水なしなんてありえん、テレビ、おしゃれな服、日本食、元気な体とかい〜ろいろ・・・。みんないろんな価値観をもってたり、いろんな理由があったりするからね。
だから、このアフリカ生活はやっぱり「貴重やったんや」って強く強く感じるよ。
こないだ、アグネスチャンがブルキナ視察から帰ってきてて、ユニセフのホームページに彼女の記録が載ってた。
http://www.unicef.or.jp/osirase/back2009/0904_08.htm
で、「気候変動」とブルキナの子どもたちの生活がどんなに結びついてるんやろって調べたねん。じゃ、自分の知らんことがいっぱいいっぱいでてきて・・・。
私達日本の生活がこんな風に彼らの生活に影響を及ぼしてるねんな
私、何にも知らんかった
あぁ、大すきなブルキナのみんな
私は、何したらえんやろ
何ができるやろう・・・
って考えよったら、涙がでてきた。自分の生活を見直しただけでもできることっていっぱいあるし、少しずつ自分のできることを見つけてやっていきたいって思ったよ。
今は、ザイナブ(ブルキナにも遊びに来てくれた、アメリカ人の友達)が私の家にステイしてて、彼女が私の考えを色々聞いて、可能性を具体的に話したりしてくれてるんだ。いろいろ考えるよ。私のこの体とその中にある私の性格、そして能力。自分のために、そして誰かのために何が私にできるのかを。

っていうのが、今、思ってること。
じゃ、GW。引き続き、楽しんでやります

そして、また日本での幼稚園勤務が始まり、また新たな気持ちで日本の子ども達と作り出すこの素敵な時間を心から楽しんどるよ。ブルキナの勤務時間では考えられないくらいの仕事っぷりだけど、でも、それが今は楽しい。日本にいてもブルキナにいても、ほんと自分の気持ち次第で、どうにでも楽しめるし、幸せだって感じれる。
久しぶり、ほんと久しぶりのブログ更新
本当はもうブログは書くつもりじゃなかった。だって、「もう帰ってきたし」って。「もうブルキナ生活終わったし」って。でも、今日は書きたいことがある。自分の今の気持ちを知ってもらいたいから

昨日は、私が数年前に卒業した大学の合宿に「ブルキナプレゼンテーション」をしに岡山に行ってきたねん。
卒業以来に会った大学の先生たち。学生時代と変わらず、私を快く受け入れてくれた。学生時代の話、卒業後の話、現在の話に懐かしさを感じたり、お互いの生活に「へぇ〜」とうなずくことがあったり、ほんと大爆笑やった

先生と小話をした後、プレゼンの時間がやってきた。
プレゼンの内容はな、協力隊参加動機やらブルキナのこと、活動のこと、私の今の生活のこと、それから、私達日本の生活とブルキナの生活がどういうふうに結びついているやら、「一度きりの人生精一杯生きよう、豊かに生きよう」などなど。

プレゼン中

食事の仕方説明中

ブルキナ料理を作っていってな、このあとみんなも手で食べてくれました。「おいしい!」と言ってくれてうれしかった。
学生のみんなは私のあほな話に笑ってくれたり、まじめな話を一緒に聞いて考えてくれたり、すごくすごく楽しい充実した時間を過ごすことができた。めっちゃ楽しかった。幸せやったで。
プレゼンの準備をしたり、こうしてみんなの前でしゃべってる間も、感じてたこと。それは―
ブルキナのみんなや日本のみんなが私の背中にくっついてくれとる―
ってこと。
こうしてここ日本で色々な人たちに自分の経験を伝えて、シェアして。これぞ「私の使命だ」って思ったし。体験したことやからこそ、感じてることやからこそ、こんなに自分も楽しんで心からの言葉をしゃべることができた。 「ブルキナファソ」っていう国名なんて全く知らなかった日本のみんなに大すきなブルキナのことを伝えられて幸せ。
で、同時に、やっぱり私は「貴重な体験をしたんだな」「させてもらったんだな」ってさらに感じた。もちろん、きっとこの感情は、協力隊仲間や国際協力関係の仕事についている人たちの中では思っていても、どこまで実感できるかは分からないけどね。私は、アフリカに住むことなんて「普通だよ」「誰でもしようって思ったらできる」って思ってた。でも、電気がなかったら生活できない、水なしなんてありえん、テレビ、おしゃれな服、日本食、元気な体とかい〜ろいろ・・・。みんないろんな価値観をもってたり、いろんな理由があったりするからね。
だから、このアフリカ生活はやっぱり「貴重やったんや」って強く強く感じるよ。
こないだ、アグネスチャンがブルキナ視察から帰ってきてて、ユニセフのホームページに彼女の記録が載ってた。
http://www.unicef.or.jp/osirase/back2009/0904_08.htm
で、「気候変動」とブルキナの子どもたちの生活がどんなに結びついてるんやろって調べたねん。じゃ、自分の知らんことがいっぱいいっぱいでてきて・・・。
私達日本の生活がこんな風に彼らの生活に影響を及ぼしてるねんな
私、何にも知らんかった
あぁ、大すきなブルキナのみんな
私は、何したらえんやろ
何ができるやろう・・・
って考えよったら、涙がでてきた。自分の生活を見直しただけでもできることっていっぱいあるし、少しずつ自分のできることを見つけてやっていきたいって思ったよ。
今は、ザイナブ(ブルキナにも遊びに来てくれた、アメリカ人の友達)が私の家にステイしてて、彼女が私の考えを色々聞いて、可能性を具体的に話したりしてくれてるんだ。いろいろ考えるよ。私のこの体とその中にある私の性格、そして能力。自分のために、そして誰かのために何が私にできるのかを。

っていうのが、今、思ってること。
じゃ、GW。引き続き、楽しんでやります

無事日本帰国
3月22日、無事日本に帰国しました
ブルキナ首都にある空港までブルキナを去るという実感がもてずにいた私。共にセミナーを開催したブルキナベや隊員の友達、そして強烈同期メンバーが空港まで見送りに来てくれた。1年9カ月前、私たち同期メンバーは皆同じTシャツを身にまとい、このブルキナの地を踏んだ。この日、彼らはまたお揃いのブルキナシャツで私の見送りに来てくれた。熱い。厚い。あつすぎる。
ついさっきまで呑気に振舞ってたのに、さよならのときがいよいよ現実になると感情に変化が起き始める。みんなと共に過ごした時間が一つの思い出となってしまうこと、これからは今までのように当たり前のようにみんなの顔や声を近くで見たり聞いたりできないこと、色んなこと。分かってたはずやのに、寂しいくて切ない気持ちが押し寄せた。泣いた。でも、大丈夫。
絶対にまた会えるから。

ブルキナでお世話になったみんな本当にありがとう。そしてこれからもよろしくね
みんなにお別れを告げ、私はチェックインカウンターに向かった。調子にのって詰め込みすぎたスーツケースの中の荷物。超過料金を払った。手続きを無事に済ませ、飛行機に乗った。前夜の睡眠時間が充分じゃなくて、離陸したのも気づかず、気がついたときにはもうニジェールの首都ニアメだった。パリで1年9カ月振りにニジェール隊員やカメルーン隊員と出会った。久々の再開で大興奮した。そしてみんなでパリCDG空港のすごさに感動した。
そして約12時間後。私は、1年9カ月振りに日本の地を踏んだ。
空港にはお父さんとお母さんがわざわざ地元から迎えにやってきてくれていた。久しぶりだけど、久しぶりじゃない感じ。ニジェール隊員のゆうきちゃんも一緒に。

娘の無事帰国を心から喜び、ほっと安心した様子の勝間父。私にとってはあっという間の2年間だった。でもお父さんにとっては長い長い心配いっぱいの2年間だったみたい。二年間、病院に行くことも全くなく、こうして元気に帰国できてよかった。
この夜、両親と姉ちゃんと姉旦那やっちゃんと甥っ子(初ご対面やったの!めちゃかわいいかった!)とでお食事。そしてサプライズでケーキも用意してくれてたよ。うれしかった♪

東京での帰国後オリエンテーションでは、派遣前訓練を共にした同期のメンバーとも抱き合って、久々の再開、無事の帰国を喜び、「私たちこの2年間で成長できたのかな〜?」なんて話をした。
そして、地元に戻ってきた。家では90歳になるおばあちゃんが元気に私の帰りを待ってくれていた。おばあちゃんが私を抱きしめ「おかえり。えらかったなぁ。」と泣きながら何度も何度も言ってくれた。私だ。お礼を言わないといけないのは。「元気でおってくれてありがとう。」って。
久しぶりに家族みんなで食べるごはん。日本食の味よりも何よりも、みんなで一緒に食べれる、食べてるこの楽しい雰囲気がいい。またケーキのサプライズがあった。またうるさいのが一人増えて、勝間家もにぎやかになりそうだ。

日本には家族や幼なじみ、友達もいる。私の居場所がたくさんあった。みんなが私の帰りをまだかまだかと日本で待っていてくれた。

本当に学ぶこといっぱいの協力隊生活だった。言える。
楽しかった。いっぱい得るものがあった。
って。私はこの2年間で何人の人に出会うことができたんだろう。いや、生まれてからは?うん。たくさんいる。自分が出会えた運命の人たち。
家族、幼なじみ、友達、同僚の先生達、かわいい教え子達、ブルキナベ、同期、隊員のみんな・・・。
本当の豊かさって何だろう。満たされてること。物が?心が?きっとみんな違う。
今、これを書きながら、自分が色々な人たちに支えられて生きているということを改めて感じる。
私の心の中にいる人たちの存在がいつも私の支えとなり、元気の源をくれた。これからだってそう。
みんなが私の周りにいてくれること。これは当たり前のようで当たり前じゃない。大事にやさしくしないと壊れてまう。
今、そんなみんなに言いたいこと。
ありがとう。
そして―
これからもよろしくお願いします。


ブルキナ首都にある空港までブルキナを去るという実感がもてずにいた私。共にセミナーを開催したブルキナベや隊員の友達、そして強烈同期メンバーが空港まで見送りに来てくれた。1年9カ月前、私たち同期メンバーは皆同じTシャツを身にまとい、このブルキナの地を踏んだ。この日、彼らはまたお揃いのブルキナシャツで私の見送りに来てくれた。熱い。厚い。あつすぎる。
ついさっきまで呑気に振舞ってたのに、さよならのときがいよいよ現実になると感情に変化が起き始める。みんなと共に過ごした時間が一つの思い出となってしまうこと、これからは今までのように当たり前のようにみんなの顔や声を近くで見たり聞いたりできないこと、色んなこと。分かってたはずやのに、寂しいくて切ない気持ちが押し寄せた。泣いた。でも、大丈夫。
絶対にまた会えるから。

ブルキナでお世話になったみんな本当にありがとう。そしてこれからもよろしくね

みんなにお別れを告げ、私はチェックインカウンターに向かった。調子にのって詰め込みすぎたスーツケースの中の荷物。超過料金を払った。手続きを無事に済ませ、飛行機に乗った。前夜の睡眠時間が充分じゃなくて、離陸したのも気づかず、気がついたときにはもうニジェールの首都ニアメだった。パリで1年9カ月振りにニジェール隊員やカメルーン隊員と出会った。久々の再開で大興奮した。そしてみんなでパリCDG空港のすごさに感動した。
そして約12時間後。私は、1年9カ月振りに日本の地を踏んだ。
空港にはお父さんとお母さんがわざわざ地元から迎えにやってきてくれていた。久しぶりだけど、久しぶりじゃない感じ。ニジェール隊員のゆうきちゃんも一緒に。

娘の無事帰国を心から喜び、ほっと安心した様子の勝間父。私にとってはあっという間の2年間だった。でもお父さんにとっては長い長い心配いっぱいの2年間だったみたい。二年間、病院に行くことも全くなく、こうして元気に帰国できてよかった。
この夜、両親と姉ちゃんと姉旦那やっちゃんと甥っ子(初ご対面やったの!めちゃかわいいかった!)とでお食事。そしてサプライズでケーキも用意してくれてたよ。うれしかった♪

東京での帰国後オリエンテーションでは、派遣前訓練を共にした同期のメンバーとも抱き合って、久々の再開、無事の帰国を喜び、「私たちこの2年間で成長できたのかな〜?」なんて話をした。
そして、地元に戻ってきた。家では90歳になるおばあちゃんが元気に私の帰りを待ってくれていた。おばあちゃんが私を抱きしめ「おかえり。えらかったなぁ。」と泣きながら何度も何度も言ってくれた。私だ。お礼を言わないといけないのは。「元気でおってくれてありがとう。」って。
久しぶりに家族みんなで食べるごはん。日本食の味よりも何よりも、みんなで一緒に食べれる、食べてるこの楽しい雰囲気がいい。またケーキのサプライズがあった。またうるさいのが一人増えて、勝間家もにぎやかになりそうだ。

日本には家族や幼なじみ、友達もいる。私の居場所がたくさんあった。みんなが私の帰りをまだかまだかと日本で待っていてくれた。

本当に学ぶこといっぱいの協力隊生活だった。言える。
楽しかった。いっぱい得るものがあった。
って。私はこの2年間で何人の人に出会うことができたんだろう。いや、生まれてからは?うん。たくさんいる。自分が出会えた運命の人たち。
家族、幼なじみ、友達、同僚の先生達、かわいい教え子達、ブルキナベ、同期、隊員のみんな・・・。
本当の豊かさって何だろう。満たされてること。物が?心が?きっとみんな違う。
今、これを書きながら、自分が色々な人たちに支えられて生きているということを改めて感じる。
私の心の中にいる人たちの存在がいつも私の支えとなり、元気の源をくれた。これからだってそう。
みんなが私の周りにいてくれること。これは当たり前のようで当たり前じゃない。大事にやさしくしないと壊れてまう。
今、そんなみんなに言いたいこと。
ありがとう。
そして―
これからもよろしくお願いします。

ブルキナ最後の夜
最後の夜がやってきた
ブルキナ最後の夜。同期のみんなで過ごす最後の夜。
そう。明日の夜、日本に帰るための飛行機に乗る。
補足。私以外の同期のみんなは6月帰国。私は、現職参加をさせてもらっているので、4月からの新学期に間に合うように今月末の帰国になってるねん。ということで、私一人が帰国。
さっき同期のみんなで食事に行った。すしがあった


帰ってからみんなが用意してくれてたケーキを頂いた。

みんなで作った思い出のムービーを見た。
みんなが私にそして家族にとプレゼントをくれた

日本に帰る前に、体にたまったアカを落とそうとプールに落とされた。

ということで、体に溜まっていたアカも落ちたし、約10数時間後に日本に帰るための飛行機に乗ります。
22日(日)には日本の地を踏んでるのか。信じられへん。まだ実感がない・・・。
携帯番号も変わってないから、また連絡ちょうだいね
じゃ、日本で

ブルキナ最後の夜。同期のみんなで過ごす最後の夜。
そう。明日の夜、日本に帰るための飛行機に乗る。
補足。私以外の同期のみんなは6月帰国。私は、現職参加をさせてもらっているので、4月からの新学期に間に合うように今月末の帰国になってるねん。ということで、私一人が帰国。
さっき同期のみんなで食事に行った。すしがあった



帰ってからみんなが用意してくれてたケーキを頂いた。

みんなで作った思い出のムービーを見た。
みんなが私にそして家族にとプレゼントをくれた

日本に帰る前に、体にたまったアカを落とそうとプールに落とされた。

ということで、体に溜まっていたアカも落ちたし、約10数時間後に日本に帰るための飛行機に乗ります。
22日(日)には日本の地を踏んでるのか。信じられへん。まだ実感がない・・・。
携帯番号も変わってないから、また連絡ちょうだいね

じゃ、日本で

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